立体作品のクリーニングを考える ― 問いと観察からはじまる修復ワークショップの記録(主催:文化財保存支援機構[JCP])

今年の2月、立体物のクリーニングをテーマにした実践ワークショップを、特定非営利活動法人文化財保存支援機構(NPO JCP)の主催で開催しました。石や石膏といった無機物でできた作品に向き合いながら、素材がどのように反応するのかを観察し、クリーニングのプロセスを体験するワークショップです。

このワークショップは、JCPが実施する「文化財保存修復を目指す人のための実践コース」の関連イベントとして開催したものです。私は動画の講座にて、2025年のテーマ「文化財の保存と活用 ― 観光活用を中心に ―」の一環として、「立体物の修復:材料・方針の選択と伝わり方」という講座を担当させていただきました。

当日はその講座を受講いただいた方の中から、ミュージアムの学芸員、文化財科学の研究者、油彩画や考古遺物、表具の修復家、そして修復を学んでいる学生など、さまざまな分野や立場の方にご参加いただきました。

保存修復は、単に手の技術だけではなく、「なぜそうするのか」「何がより良いことなのか」を考え続ける仕事でもあります。
そこで今回は、技法や技術そのものだけでなく、修復のプロセスの中で生まれる問いや考え方、そしてクリーニングの際にどのような点に注意するのかを共有することで、コンサベーションの面白さやその幅広さをお伝えできればと思い、このワークショップを構成しました。

ワークショップを行った会場の様子

「汚れ」とは何か?

はじめに、講座の振り返りとして、クリーニングの際にぶつかるジレンマや迷いについて少しお話ししました。

「汚れ」とは何か?
これは、私が修復をロンドンの学校で学んだとき、倫理の授業で最初に出会った問いです。日常の掃除と修復におけるクリーニングの違いは、修復には「望まれる汚れ」そして「オーバークリーニング」というものがあるという点にあります。
付着物や汚れについて考えるとき、私たちは次のような問いに向き合うことになります。

  • 「除去するのか、しないのか」
  • 「除去できるのか、できないのか」
  • 「どこまでクリーニングするのか」

これらは似ているようでいて、それぞれ異なる問いです。

「除去するのか、しないのか」は価値観や倫理の問題です。一方、「除去できるのか、できないのか」は、実際にテストしてみないと分からないことも多く、物理的・化学的な知識、そして経験知も関わってきます。そしてとても難しいのが、「どこまでクリーニングするのか」という問いです。これは、価値観や倫理の側面と、実際のクリーニングテストの結果をすり合わせながら、関係者同士で話し合い、合意を得たうえで決めていくこともあります。

このように考えると、修復におけるクリーニングは、一見シンプルに見えて、実はとても複雑なプロセスです。

そんな複雑さをより身近に感じてもらうために、カードに書かれたさまざまな物質を「オリジナルの基底材」「望まれる物質」「望まれない物質」に分類するワークを、2チームに分かれて行いました。

「オリジナルの基底材」「望まれる物質」「望まれない物質」にカードを分類するワーク

カードには、石やガラス、顔料、コーティングといった素材から、ワイン、シール、チューインガムまで、さまざまなものが書かれています。

なぜワインやチューインガムが出てくるのか、不思議に思われるかもしれません。例えばイギリスでは、重要建築物である空間でパーティーが開かれることがあり、来賓が飲み物をこぼしてしまうこともあります。ワインについては、白ワインはOKでも赤ワインはNGとされる場合もあるようです。またチューインガムは、実際に私が担当した彫刻に付着していたことがあり、取り除いた経験があります。近年は、バンダリズム(破壊行為)によって、作品やモニュメントが汚されたり破壊されることもあります。このように、カードに書かれているものの中には、実際の展示環境の中で起こりうる出来事や、自身の経験も含まれています。

悩ましいのは、例えばコーティングや表面の煤や埃です。そのコーティングがオリジナルなのか、後世に塗られたものなのかを判断するために分析する必要があったり、たとえオリジナルであったとしても、黄変して作品が見えにくくなっている場合や、美的価値が下がっている場合には、それを取り除いて新たにコーティングを塗布するかどうかという判断も必要になります。

また、煤や埃についても、その由来に意味があるのか、あるいは経年の痕跡として美的に捉えられるのかといった点が問題になります。例えば、現在私が所属している研究室では仏像が調査や研究の対象となりますが、密教系のお寺で行われる「護摩焚き(ごまたき)」という儀式によって仏像についた煤は、宗教的な儀式に由来する“歴史の痕跡”でもあるということを知りました。
日本には侘び寂びといった概念もあり、汚れや劣化、経年変化をどう捉えるかの判断は、文化や価値観によっても変わってきます。

修復の現場で使う「問い」というツール

修復において、クリーニングは必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。クリーニングによって対象にダメージを与えてしまう場合もありますし、過度にクリーニングすることで経年によって生まれた価値が損なわれてしまったり、気づかないうちに歴史の痕跡を取り除いてしまうこともあります。

少し前の資料になりますが、Victoria & Albert Museum Conservation Department Ethics Checklist という、コンサベーションにおける倫理のチェックリストがあります。そこに挙げられている問いの中で、最初に示されているのは「なぜそのアクション(修復)が必要なのか?」という問いです。クリーニングを行う際にも同様に、「そのクリーニングは必要なのか?」ということを、まず改めて考えます。

「問い」は、複雑な状況を分解して考える方法として役に立ち、また視点を変えて多方向から対象を見るための手段でもあります。私が修復の学校で学んでいたときにも、こうした問いは何度も登場し、多角的に考えるうえでとても役に立ちました。個人的には、問いとは実践的で具体的な”道具”のようなもので、ある意味ひとつの技術でもあると感じています。

今回は、修復におけるクリーニングのプロセスの中で生まれる問いの視点を共有できたらと思い、「問いのツールリスト」を作成してみました。

クリーニングの種類

こうした問いに向き合うとき、次に考えることになるのが、「どのような方法でクリーニングを行うのか」という点です。修復の現場では、対象の素材や状態、そしてクリーニングの目的に応じて、さまざまな方法を使い分けます。

様々なクリーニング:上段左から、ケミカルスポンジ(竹串にさして使用)、ステンシルブラシ、綿棒と有機溶剤
下段左から、レーザークリーニング、ケミカルスポンジ(石膏レリーフの背面クリーニング後)、Blitz-Fixスポンジ

修復におけるクリーニングには、いくつかの方法があります。例えば、物理的に付着物を除去するメカニカルクリーニング、水や有機溶剤を使用しないドライクリーニング、そして水や溶剤を使用するウェットクリーニングなどです。

ワークショップでは、ドライクリーニングの実践として、刷毛とミュージアムクリーナーを使い、コーヒーの粉を土埃に見立てて除去する作業を行いました。また、ケミカルスポンジという天然ゴムでできたスポンジを用いて、石膏のクリーニングも試してみました。

JCPさんでご用意いただいたお持ち帰りいただけるクリーニングセット

ウェットクリーニングの実践では、脱脂綿と竹串を使って自作の綿棒を作り、少量の水を用いて石膏板のクリーニングを行いました。石膏は、表面にコーティングや彩色があるかないかによって、汚れのつき方やクリーニングのしやすさが変わります。そこで、コーティングのない部分と、3種類のコーティングを施した部分の違いを観察してみました。

さまざまな大きさの綿棒を作成
石膏板:下半分は水でのウェットクリーニング後
(左半分がコーティングのない部分/右半分は3種類のコーティングがほどこされている)

また、額縁装飾の型に石膏を流し込んで石膏のピースを作成し、複雑な形状をもつ立体のクリーニングも行いました。白い石膏の表面に白色のアクリル層を施して、水にある程度耐えうる状態にしたうえで、茶色や灰色の水彩絵の具を使い、即席の汚れ層を作りました。

立体作品の修復では、市販の綿棒を使用することもありますが、自分で綿棒を作ることもあります。私はその都度作る方が好きで、特に立体の場合には、曲面の凹凸や深さに応じて、大きさや柔らかさ、径を調整しながら、形状に合わせて自由に作ることができるという利点があります。

このように、道具そのものも状況に応じて変えたり作りながら、表面の状態を観察し、少しずつクリーニングを進めていきます。

複雑な形状の立体物のウェットクリーニング

観察からはじまるクリーニング

実際にクリーニングを始めると、さまざまな疑問や、予期しなかったことに出会うこともあります。
「これはちがう種類の汚れ?」「本当にダメージを与えていないのかな?」「あれ、どちらの塗膜層が上で下だろう?」「なぜかこの部分だけ汚れが落ちない……」。

修復におけるクリーニングは、ただ汚れを落とす作業ではありません。こうした問いや疑問を、できるだけクリーニングを始める前から想定し、準備しておく必要があります。そのために、まず対象をよく観察し、それが何でできているのか、どのような状態にあるのか、そして素材がどのように反応するのかを丁寧に確かめることから始まります。

ワークショップでは、携帯の画面で見える簡易なデジタルマイクロスコープで、石や石膏の表面を拡大して見てみました。下の写真は、大谷石という凝灰岩の一種ですが、オレンジの部分は汚れではなく、もともと岩石の中に含まれている鉄分が酸化したものです。

大谷石(凝灰岩)のサンプル
大谷石の拡大写真(オレンジの部分)
大谷石の拡大写真(緑色の部分)

また、さまざまな種類の石の表面に、あらかじめ付けた「何かわからない汚れ」に対して、綿棒に含ませた水や液体をその場に留めるためのジェルを使い、どのような反応が起こるのかを観察しました。石は、花崗岩・大理石・砂岩・凝灰岩などを用意し、それぞれの表面に鉛筆、アクリル絵具、水彩絵具、膠などを付着させました。

凝灰岩の上の付着物のクリーニングテストをしている様子

「こんな赤い絵具が付いているはずがない」と思うかもしれません。けれど、これも私が実際に経験したことです。あるミュージアムで19世紀に壁の塗り替えが行われた際、その塗料が彫刻に跳ね、赤い点のように付着しており、その塗料をアセトンで取り除いたことがあります。別のときには、スケッチをしていた来館者が、大理石の作品に鉛筆で印をつけたであろう跡もありました。そのときは、消しゴムを使って鉛筆跡を取り除きました。

作品に付着しているものが何なのか、なぜそこにあるのか。その背景をたどりながら、それを何で、どのように取り除くのか、あるいは取り除かずに残すのかを考えることも、修復の大切な仕事のひとつです。
繰り返しになりますが、修復におけるクリーニングとは、単に汚れを落とす技術ではありません。「それが何なのか」「どうしてそこにあるのか」を観察し、問いを立てながら判断していくことが大切です。

見え方を考えてクリーニングする

今回は、私自身がこれまでクリーニングを経験してきた素材や形状にできるだけ近いものを用いながら、みなさんと一緒にクリーニングのプロセスを体験してみました。

石膏作品のクリーニングについて、私自身が経験したのは、V&Aで働いていたときのことです。キャストコートと呼ばれる石膏作品が並ぶ大きなギャラリーのリノベーションがあり、その際に石膏作品の修復に携わりました。キャストコートにある多くの作品には、茶色い着色が施されていたり、コーティングが施されていたりするため、少量の水や有機溶剤を用いたウェットクリーニングにも耐えうるものが多くありました。

一方で、コーティングも着色もない無垢の石膏像では、水や溶剤を使ったクリーニングはあまり推奨されません。ドライクリーニングであっても、非常に限定的にか汚れが取れない場合が多く、難しさがあります。

Cast Court Source: Wikimedia Commons

このような違いが生じるのは、石膏が多孔質な素材であるためです。石膏の表面には微細な孔(あな)があり、コーティングがない場合、その孔に埃が入り込みやすくなります。そして、一度入り込むと取り除くのが難しくなります。また、水を使ってクリーニングすると、毛細管現象によって汚れがさらに内部へ入り込み、かえって取れなくなってしまうこともあります。

一方、コーティングが施されている場合には、ある程度汚れや水の侵入を防ぐことができます。しかし、コーティング層が黄変したり、温湿度の変化によって粘着性が高まったりすると、逆に埃を吸着してしまうこともあります。
なので、石膏作品のクリーニングでは、表面のコーティングの有無や、水に対してどのような反応をするかを確認することが、 重要になります。

また、立体作品には特有のクリーニングの難しさがあります。特に石膏や大理石でできた白色の彫刻は、立体の影に加え、汚れの明暗が出やすくなります。水平面には埃がたまりやすく、彫刻の場合、本来は光が当たって明るく見える出っ張った部分に埃がたまり、暗く見えてしまうことがあります。一方で、奥まって陰になっている部分には、埃や汚れは比較的たまりにくくなります。

そのため、全体を同じようにクリーニングすると、奥まった部分だけが明るくなり、本来の明暗関係が逆転してしまうことがあります。すると、正しく立体のボリュームが鑑賞できません。そのため、クリーニングの際には、汚れの量だけでなく、彫刻の形状や光の当たり方も含めてよく観察する必要があります。どの部分が本来明るく見えるはずなのかを見極めながら、場所によってクリーニングの強さや方法を調整していきます。汚れを均一に取り除くのではなく、立体の見え方を損なわないように、あえて残す判断をすることもあります。これは、平面作品のクリーニングとは異なる、立体作品ならではの特徴です。

ジェルクリーニング ― 水をコントロールする方法

家の掃除でも、頑固な汚れを落とすときに泡状の洗剤をスプレーしてしばらく置いたり、ペンキを剥がすときにジェル状の薬剤を塗って、塗膜をふやかしてから取り除くことがあります。修復でも、これと似た原理で「ジェル」や“湿布”のような方法を使ってクリーニングを行うことがあります。

たとえば、水で汚れを落としたいけれど、作品の素材が水に弱く、水の量をできるだけ少なくしたい場合があります。また、汚れを液体で緩めるために、溶剤を長い時間表面にとどめておきたいこともあります。こうしたときに役立つのがジェルです。ジェルにすることで、水や溶剤を与える量をコントロールしながら、ゆっくり作用させることができます。

今回のワークショップでは、「ラポナイト」と「アガー」という二つのジェルを使ってみました。

ラポナイトは、層状ケイ酸塩と呼ばれる合成粘土の一種です。水を加えると、層のあいだに水を取り込みながら大きく膨らみ、水分を保つ性質があります。もとは細かい粉末なので、水に振り入れるときには粉を吸い込まないよう注意が必要です。混ぜた直後は白く濁っていますが、時間が経つと透明なジェルへと変化します。私は大理石の彫刻をクリーニングするときに使用していました。

ラポナイトは表面に付着するものの粘着性がないため、垂直な面に使う場合には、垂れを防ぐために少し硬めに調整する必要があります。保存修復では、一般に2〜5%ほどの濃度で使用します。濃度が高いほどジェルは硬くなり、彫刻などの立体作品の垂直面に使う場合には、5%程度にすることもあります。

作品の表面に塗布するときは、まず薄い和紙を表面に水で貼り、その上からラポナイトジェルを塗布します。さらに水分の蒸発を防ぐため、上からラップをかけて一定時間置きます。この方法は石だけでなく、木製品に固着した膠(にかわ)をやわらかくして取り除くときにも役立ちます。ただし、水分がしみ込むことで作品を傷めない素材であることが前提となります。

ジェルは、作品を濡らしすぎないよう繊細なコントロールをしながら、汚れを取りやすくする修復ならではの道具のひとつです。

5%のラポナイトジェル
和紙を水張りしている様子

例えば下の写真は、アラバスターという石材でできた、建築物の暖炉装飾の一部です。表面に固着した汚れは水で落とすことができますが、汚れをゆるめるためには長い時間水を作用させる必要がありました。一方、アラバスターは水に比較的弱い石材でもあるため、水分の量をコントロールしながらクリーニングすることが重要になります。

そのため、ラポナイトのジェルを使って水分をゆっくり作用させました。汚れが一度ゆるむと、きれいに取り除くことができます。

石材に固着した汚れの除去 左)クリーニング前、右)クリーニング後

アガーは海藻から抽出されるゲル化剤で、寒天に近い性質をもつ材料です。加熱すると水に溶け、冷えると固まるため、保存修復ではこの性質を利用してクリーニングに用いられることがあります。海外では、石膏のクリーニングに使用した事例も報告されています。使用方法としては、温かい液状のアガーを表面に塗布する方法や、あらかじめシート状に固めたものを使用する方法があります。

私は石膏のクリーニングに使用したことはありませんが、例えばアガーにEDTAという金属の汚れを溶かして落としやすくする薬剤を少量混ぜて、真鍮のクリーニングに使ったことがあります。

シート状のアガー
EDTAを入れたアガーをテスト
表面の変色膜除去後の色

修復は、ひとつひとつ考えて選ぶ仕事

コンサベーションにおいて、100%絶対によい選択肢というものはありません。同じように、「この材料と方法でやればよい」という万能のメソッドもありません。修復では、対象となるもの一つひとつに対して、個別に考え、判断し、選択していくことが必要です。

そのため、試行錯誤を重ねたり、異なる分野からの情報を取り入れたり、実験を行ったり、論文を参照したりしながら、その時点で考えられる最善の方法や方針で保存・修復を行います。しかし、それが未来においても最良の方法であり続けるとは限りません。

なので、柔軟にそしてオープンに、さまざまな考え方や材料、方法が選択肢の一つとして考慮されることが大切だと思います。そうすることで、修復の選択肢が、より多角的で豊かなものになっていくと良いなと思います。

修復のクリーニングは、ものがすごしてきた時間と向き合うプロセスでもあります。
今回のワークショップを通して、その複雑さや面白さを少しでも共有できていたら嬉しく思います。

ご参加いただいた皆さま、準備にご尽力くださったJCPの皆さま、そして当日お手伝いしてくれた藝大研究室の学生さん、本当にありがとうございました!


開催概要
日時:2026年2月21日(土)13:30~16:00
主催:NPO法人文化財保存支援機構(NPO JCP)
講師:森尾さゆり(オブジェクトコンサバター)
場所:東京都台東区内

NPO法人文化財保存支援機構(NPO JCP)
https://www.jcpnpo.org

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