【修復の話 7】コンサバターってどんな仕事?— 18世紀マントルピースの修復事例〈前編〉

今回は、修復の話4の記事でご紹介したレタートレーと同時期に修復したマントルピースの事例をご紹介します。同じく、ロンドン中心部にある シティ・アンド・ギルズ・オブ・ロンドン美術学校で、修復を学んだ際の修復事例です。

このマントルピースもレタートレーと同じく、イングランド歴史的建造物記念物委員会が定める建築物の中でも一番重要度の高いグレード Iに指定されているカントリーハウスのものです。かつて使われていた暖炉が使われなくなったため解体され、そのまま収蔵庫に保存されていましたが、再度設置したいとの事で、修復することになりました。上の写真にあるのは、現場で設置される前に、学校で一時的に展示された時の写真です。

この作品は、美術様式と石材の種類ともに、いろいろ異なったものが混在していて、とても面白いと思いました。古代ギリシャからネオクラシック、紫がかった筋の入った大理石もあれば漆黒の石灰岩もあります。一番初めにカントリーハウスで見た時は、あっけにとられるくらいの状態の悪さと壊れ方に、ちょっとワクワクしました。

それぞれのピースが梱包されて段ボール箱に入って学校に搬送されたのですが、その受取日のそわそわを、書きながら今思い出しました。プチプチで包まれた一つ一つを開けるのが、プレゼントみたいで、わーといちいち言いながら机に並べていました。このプロジェクトはマントルピースの右と左の装飾を別々に2人で受け持ったのですが、私は向かって左側を受け持ちました。(実際の修復では左と右と修復が違ってしまうといけないので、その様なことはしません。そして更に余談ですが、フリースタンディングの彫刻の右左を言う場合は英語で”proper right” 彫刻から見て右、という表記をします。)

まず初めに、ばらばらになっているパーツのどれが右の柱でどちらが左に属するのか、1900年に撮影されたセピア色の写真を参考にしながら(唯一の過去の記録)、石のパターンや破損個所を手がかりに、選別しました。大理石に大きく入っている白い筋だとか、角の欠け方だとか、化石の模様の流れ方だとか。そんなものを見比べていると、本当にこれは100年以上前のこのセピア色の写真に写っているものと、まったく同じものなんだなぁという感慨が、考えて見れば当たり前のことですが、大きな不思議さを伴って湧き上がってきます。

右が1900年に撮られた写真。左が修復前

このマントルピースは、過去に何度か解体と組み立てを繰り返しているようなのですが、その際に接合に使用された石膏の跡も手がかりになりました。石の接合面には、LとかRの文字がみられるものもあって、おそらくこれは右左を表記したものだと思われます。ただ、難しいのは1900年の写真の通りにすると、LとRが逆になってしまうピースがあり矛盾してしまうこと。修復において、どの時点を”オリジナル”とするのかは、重要なポイントで、所有者、研究者やキュレーター、時には当事者など作品に関係する人たちとの対話が必要になります。今回はカントリーハウスのキュレーターとの話し合いの結果、1900年の写真が一番ビジュアル的に確かなので、この写真をベースに組み立てることにしました。

“R” と線刻されている部分

石の種類が混在していると言いましたが、これはプロジェクトとしてはとてもチャレンジングで面白かったです。なぜなら、主成分が違う石材は修復に使う材料を変えなければいけないかもしれないし、半透明なものとマットな石の欠けているところの補填では、アプローチが全く違うからです。主に大理石と石灰岩が使用されていたのですが、大理石のように見えて石灰岩だったり、アラバスター(石膏が石になったもの)に見えて大理石だったり、見かけでは分からないものがありました。塩酸を薄めたものを石の接合面にごく少量垂らして、炭酸のようにシュワシュワとなるかならないかを判別の手がかりにしたりもしました。(炭酸カルシウムは化学反応で二酸化炭素が発生するため)

右側にあるカードはクレジットカードサイズのカラーチャート。このようにして、写真に撮った作品の色を修復前と後で色の整合性をとり、比較できるようにする

地質学的にいうと、石炭紀にできた黒い石が一番下のパーツに使われていているのですが、石炭紀ってなんだろう?と調べると、また違ったモノの歴史が開かれます。この時代の地層からは多く石炭が産出されるのですが、当時は大きな森林で見たことも無い昆虫が飛び回り、シダが覆い茂っていたのかなぁなどと想像すると、とても楽しい。そんな情景の一部がこの石の中にリアルに閉じ込められていると想うと、なんだかその石肌は文字の書いていない本の1ページのようにも思うのです。そのピースの角には丸く凹んだ欠けがあったのですが、それはそこに閉じ込められた何かしらの生物の化石がちょうど角に研ぎだされて、強度的に弱い化石部分だけ抜け落ちたものでした。目の前にある石の角の欠けの理由が、古代の生物にリンクするとなんだか感慨深いものがあります。

顕微鏡で化石が入っている部分を拡大

さっきまで18世紀にこれをつくった人のことや、1900年に写真を撮った当時のことを考えていたら、いきなり3億年前に飛んだりする——そんな時空をこえたモノを介する過去とのつながりが私にはとても面白いし、それをじっくり観察することが、未来の保存修復の方針を決めて行くことにつながっていくのが、コンサバターという仕事の大きな魅力です。

などと書いていると、一向修復作業の話にたどりつきませんが、実はコンサベーションの仕事の中で実際に処置する前段階というのは、結構長いのです。というよりも、そちらの方が実は重要です。こういった観察や点検から出た問いや推測から、分析や実験を通して段々と情報を集めそして精査した上で、最善の修復材料や方法、そして倫理的なことを含めた修復方針を決めて行きます。修復はただ “直す” のが仕事のように思われがちですが、どんな修復がこの作品にとって一番良いのか?に辿り着くための、思考の足場掛けがたくさん必要です。

次回の後編では、やっと修復作業の話にたどりつける、予定です。

この記事を書いた人

森尾さゆり コンサバター(保存修復師)

東京都出身。2007年ロンドンに移住。セントラルセントマーティンズでガラスアートを学んだ後、モザイク工房に 6年間勤務。2015年よりシティー&ギルド・ロンドンアートスクールにて、修復を学ぶ。2017年に大英博物館でインターン。ビクトリア&アルバートミュージアムの彫刻修復室に2年勤務。専門は、石、木や石膏などの立体物、ギルディング、額縁等。2021年夏、帰国。現在、東京国立博物館にて非常勤職員として勤務。  

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