【修復の話 8】コンサバターってどんな仕事?— 18世紀マントルピースの修復事例〈後編〉

前編に引き続き、マントルピースの修復の事例をご紹介します。前回は修復の作業に入る前段階の、観察やテスト、分析などを経て、修復方針を立てて行くプロセスが実は大事という話でしたが、今回は実際の修復作業を順を追ってご説明しつつ、修復の考え方の多様な方向性をお伝えします。 

このマントルピースは、イングランド歴史的建造物記念物委員会が定める建築物の中でも、最も貴重とされるグレード Iに指定されているイギリスのカントリーハウスのものですが、解体されたまま収蔵庫に保存されていたものを、再度設置したいとの事で、修復することになりました(詳細は前編をご参照ください)。保存状態は良いとは言えず、半分に割れてしまっているものや欠けた部分も多く、着色部分の劣化や、マントルピースの設置に使用された石膏が水害により表面に溶け出していたりもしていました。

マントルピースの一番下の一部。修復前の写真

コンディションチェックの後に、修復のビフォー・アフターが分るように、写真をとります。このマントルピースの場合、9つのピースに分かれていたので、左右前後と上部と下部の6面を上のようなカラーチャート(資料右にあるクレジットカードサイズのもの)を入れて写真をとります。数が多い場合や、似たものがある場合、何がどれだか分からなくなるので、番号とどの面の写真かを表記をしておきます。修復後にはこれと全く同じプロセスを繰り返し、見比べられるようにします。

試行錯誤がおもしろい、クリーニング作業

クリーニングテストや材料の分析などの結果を踏まえて、修復方針をたて、クライアントの同意を得たあとに、修復作業を開始します。このマントルピースの場合は、クリーニングから始めました。まず表面の埃やよごれをミュージアム用の掃除機で取り除いた後、純水やアセトン、時には唾液を使って表面をクリーニングしました。現在はコロナ感染防止のため、もちろん唾液は使っていないと思いますが、ヨーロッパでは使用する例も少なくなく、実際クリーニングテストの結果、このマントルピースの汚れの除去にも唾液が一番効果的でした。日本ではもともと全く使わないようです。

溶剤では簡単に落ちない汚れは、”ポルティス”と言う方法で、湿布をしました。といっても腰痛に貼る様な湿布のイメージではなく、例えば、汚れ部分の上に薄手の和紙を置いて、その上に水をふくませたジェル状のものを塗布し、さらにサランラップを掛け蒸発を防ぎます。長時間かけて水を浸透させることでクラスト(汚れの固い層)を浮かせる方法です。

一般の掃除用洗剤でも、垂直面に留まるようにジェルや泡の状態にするとか、細いノズルからピンポイントで液が出るなど工夫されていますが、修復におけるクリーニングでも同様です。溶剤の状態を変えて洗浄効果をあげたり、塗布方法を工夫して、効果をコントロールしたりします。どの溶剤をどんな状態で、どのように塗布するかに試行錯誤が必要なのは、どの分野の修復でも同じかと思いますが、特に立体物の修復の場合ここに工夫や発想の転換が必要だったりする場合が多いです。そんなチャレンジに、解ければ手をたたき、どれも効果が全く無い時は、投げ出したくなるようなことも時としてあります。 

埃と水溶した石膏が混ざってクラストとなった部分
ポルティス後、クラストを除去した後の写真

ギャップを埋めるfill、構造を支えるfill

このマントルピースの修復では、クリーニングよりも接着や欠損部分の処置に時間を要しました。Fillとは充填や補填のことですが、日本語では充填は同じ素材で埋めること、補填は違う素材で埋めることと違う言葉として使用するようです。埋める理由は様々だけれど、修復では同じ素材を使って埋めるということを極力避けます。なぜなら、オリジナルに使われていた素材と、後で修復で使用した素材の区別がつかなくなってしまうからです。(これには例外があり、例えば漆器の修復では、漆固めは同じ漆でやるべきだという議論がヨーロッパでもなされています)

下の写真はピンク色の大理石で、マントルピースの一部です。3つに割れ欠損もありました。これを接着する際に気を付けるのはリバーシビリティーの問題で、リバーシビリティーを担保するとは、簡単に言うとくっつけた後に再度分離できるようにするということです。どうしてもう一度戻す必要があるかと言うと、もしかしたら将来使用した接着剤が変色して、修復した線が目立ってやり直さないといけないかもしれないし、はたまたものすごく進歩した接着剤が将来開発され、やり直す機会が巡ってくるかもしれないからです。

この大理石の接合には、修復では一定の信頼性のあるパラロイドというアクリル樹脂を使用しました。この素材はアクリルのビーズ状で販売されていて、それをアセトンやアルコールなどの有機溶剤に溶かし液状にして使用します。硬化後も溶剤で簡単に溶けるので、接着したものを再度溶剤を使って剥がすことが出来ます。このピンクの大理石の破片は、パラロイドで接合後、ギャップに同じパラロイドの溶液に大理石の粉を混ぜてパテ状にし、それに顔料を混ぜて色を合わせたもので埋めました。写真では伝わりにくいと思いますが、艶も合わせるため、サンドペーパーよりも細かいマイクロメッシュという素材で艶出しをしました。

どこまで修復部分を視覚的にオリジナルに近づけるかというのは、結構悩ましい問題です。修復部分は区別できないといけないですが、修復するものが例えば学術的用途のものではなく、鑑賞用である場合、修復部分が目立ってしまうと、鑑賞を阻害して良くないと考えられます。その場合は、目立たない程度にブレンドして資料としてどこを修復したか記録しておくとか 、目立たないけれどどこを修復したか分かる程度に留めるなどの選択が必要です。

“True to the object”という言い方がありますが、修復の立場としてオリジナルを尊重し修復部分はあえてわかるようにするという選択もあります。スペインやイタリアなどでは、絵画の補彩をわざと短い線や点でするTratteggioという技法があります。遠くで見ると分からないけれど、近くで見ると複数の単色の線で成り立っています。日本では、完璧に修復跡が分からないものが良しとされる傾向が強く、またその技術力が高いように思います。その一方、国際的には上記のようないろいろな価値観があります。いずれにせよ、一つの考えが全てに適応される訳ではなく、一つ一つのプロジェクトでの目的と意味を考えた上で、どこを目指した修復をするのかを考えることが大事です。

支柱の下部。一番下の赤いものはゴム製の型、その上にあるものは型どりしたポリエステルのパーツ
パーツを接着し、さらに色合わせをして完成したもの

上の写真は、大理石の支柱下部が大きく欠けて、自立しなくなってしまったので、ポリエステルで形を復元して構造的に強度を持たせるという修復を行った部分です。ここは構造的に負荷がかかる部分なので、前述のパラロイド樹脂だと強度が足りず、ポリエステルレジンで接着しました。ここでもリバーシビリティーを担保するのが必要で、オリジナルの欠損断面にはパラロイドの層をあらかじめ薄く塗布してあります。この層のことをバリアレイヤーと言います。ポリエステルレジンで接着しても、パラロイドの層が溶剤でとけるため、直接ポリエステルレジンで接着するよりも、後に取り外すことが容易です。

リプレイスメントを詳細につくる

マントルピースの中ほどに、オニックスマーブルという半透明の大理石に装飾が施されている部分があり、装飾ピースがいくつか無くなっていました。ダイアモンド型の突起が3面についているのですが、それぞれ中がくりぬかれていてバーミリオンと言う赤い顔料で塗られています(写真下参照)。半透明なので赤がうっすら透けて見え、大理石に入っている脈も装飾として見せるという凝ったものです。

クライアントから、欠損している装飾は補って欲しいとの要望があり、また、欠損部分に残っているオリジナルの顔料を保護するためにも、似たようなピースをつくることにしました。オニックスマーブルを石材から彫ってつくるという選択もありましたが、色が合う石を探すのが困難なことと、制作にバジェット以上の時間が掛かるため、オリジナルから型をとって、レジンで再現することにしました。

オリジナルとリプレイスメントを比べた写真。右がオリジナルで、左がレジンでつくったリプレイスメント

上の写真は、オリジナルと複製を比べたもので、右がオリジナルで、左の手に持っているものが、レジンでつくったものです。透明なレジンと白く色をつけたレジンを用意して、型に両方を微妙に混ぜながら、爪楊枝で白いレジンを引っ張り脈を再現しました。とっても面白い作業だったけれど、一体何個失敗したことか。。同じように赤を内側に塗って、透け感を合わせることにも苦労しました。

これに使用したレジンは、実のところ長期的には黄色くなってきます。ではどうしてそれを使ったかと言うと、黄変がさらにゆっくりなレジンはその何倍も値段が高いからです。そして石自体が黄色っぽいので、許容範囲だということで、クライアントにはちゃんと説明し合意の上使用しています。コストというのは無視できないファクターなので、必ずしもいつも一番安定性の高い素材ばかりが良いわけではなく、やはり目的と理由に照らし合わせて、現実的で最善のものを選択するということが大事です。

プラスのメッセージを送る修復

詳細は書ききれませんでしたが、いくつかポイントとなるの修復過程を紹介できたつもりです。振り返って思うのは、自分自身手を動かすのは好きで、いろいろ悩みながらも楽しい作業だったなということと、修復というのは、つくづく不思議な作業だなぁということです。くっつけるただそれだけのために、色々テストをして、論文を読んで、時には同僚と相談し、クライアントの了解を得て、決定に至る。。しかし、そのプロセスを経ないと最善の方法に辿りつけません。

これは、一番最初にビフォー写真としてあげたもののアフター写真です。ケアされて大事にされていると思える状態にものを修復することは、ものの尊厳にとっても、大事なことです。そうして大事にされるものは、次世代も大事にしてくれます。ケアするということは、大事にして下さいというメッセージを送ることでもあります。

修復は表に出ない作業ですが時間が掛かるので、とても費用がかかります。大々的な修復が必要になるまで劣化をぎりぎりまで待つと、それこそ大変な労力とお金がかかり、更にはものへの負担も大きいので、本当は普段からメンテナンスや保存環境の点検、小規模の修復を行って、大事に至らないようにするのが重要です。

また、壊れたものや汚れたものをマイナスからゼロの元の状態に戻すという発想では無くて、プラスの意味付けの価値をつけていく修復の方向性はないだろうかとも探っています。そんな方向性の話を、いつか綴りたいと思っています。

この記事を書いた人

森尾さゆり コンサバター(保存修復師)

東京都出身。2007年ロンドンに移住。セントラルセントマーティンズでガラスアートを学んだ後、モザイク工房に 6年間勤務。2015年よりシティー&ギルド・ロンドンアートスクールにて、修復を学ぶ。2017年に大英博物館でインターン。ビクトリア&アルバートミュージアムの彫刻修復室に2年勤務。専門は、石、木や石膏などの立体物、ギルディング、額縁等。2021年夏、帰国。現在、東京国立博物館にて非常勤職員として勤務。  

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