町田市にあるアトリエアルケミストさんにて、金箔で絵を描くフランスの金彩技法 ”エグロミゼ” のワークショップを開催しました。
ワークショップ当日は、エグロミゼの歴史、技法の説明と金箔貼りの実演から入り、西洋と日本の金箔や道具の違い、コンサベーションで使うギルディングの事例などの紹介をしました。その後に、金箔絵を描くエグロミゼ作品の制作をしました。この前編では、制作に入る前の内容を、順に写真と共に追っていきます。後編では、当日の制作の様子をレポートします。
ヴェル・エグロミゼ(Verre églomisé)
ヴェル・エグロミゼとはフランスの金彩技法で、ガラス板にゼラチンで貼った金箔を削って絵を描く金彩技法です。古くは14世紀ごろのイタリアのガラス器やキリスト教の聖遺物などのガラス部分に使用されたそうです。これが18世紀フランスのガラス絵として継がれ,ヴェル・エグロミゼverre églomiséと呼ばれるようになりました。
ヨーロッパの保存修復では、絵画の額縁やヨーロッパの建築装飾の修復などでギルディング(金箔押し)の技法を使用しますが、私はその一環としてエグロミゼ技法を修復の学校で学びました。
下の写真に写っているのは、City&Guilds of London Art Schoolという私の母校で、ギルディングを長らく教えているリアン・カンドゥース先生(Rian Kanduth)。25年以上もギルディングの仕事にたずさわれている大ベテランです。イギリスでは金箔を扱うギルディング技法は、伝えなければ技術が失われてしまう危機的状況であるレッドリスト(The Red List of Endangered Crafts)に入っています。そんな中、リヤンは教えることに情熱をもって、City&Guildsを含め、様々な場所でギルディング技法を教え伝えていらっしゃいます。
実はリアンは日本の大ファン。去年お会いした時に、どれだけ日本が好きかが、話している熱量からとても伝わってきました。そんなこともあり、私が日本では知られていないエグロミゼを紹介して、リアンが日本に来た時に、エグロミゼファンを増やすことにしました。彼女が日本に来た時にマスターの技法を教えて、それが日本とイギリスの交流になったら、とても素敵だなぁと夢想しています。
西洋と日本の金箔と道具
日本の金箔は99%が金沢でつくられています。金沢の金箔工芸館でも、つくる工程が詳細に説明されていて、本当に途方もない手間と技術に驚き、とても心打たれたのですが、金箔伝統技術保存会のサイトでも、とても良く説明されています。是非見てみてください。職人さんへの敬意や金箔を尊く思う心が、京都の堀金さんで純金箔を購入したら、包み方に表れていました。白い和紙の包に、金箔が一枚一枚和紙を挟んでピシッと重ねられているのですが、その束が細く白い絹糸で十文字に縛ってあり、解きやすいように糸の端が軽く撚られていました。その繊細さというか全体の佇まいに、とても日本を感じました。
私がイギリスで使っていた金箔は、ブックと言って一片が綴じて冊子のようになっています。大きさも日本の金箔の規格より小さい8㎝x8㎝程です。沢山つぎつぎに金箔を押す必要がある時は、片手に持って、そのブックの上で金箔をギルディングナイフで切れるので、重宝しました。だから、私が知っている金箔は実用的です。イギリスで携わったギルディングを施した対象は、立体物で複雑な装飾部分が多かったので、金箔の規格が小さめで、バラバラにならない様に綴じていた方が便利でした。例えば、日本の屏風のように平面にまっすぐ押すときには、まったく別の要素が求められるのかも知れません。どうしてそうなのか?を調べてみると、おもしろい比較ができるのではないかと思っています。
使う道具も大分違います。西洋では、ギルディングナイフを使って金箔を切り、リスの毛で出来たティップという道具で金箔を貼るのですが、その時に手頸にワセリンをつけて、そこをティップで撫でるようにして静電気を起こして、その静電気で金箔を持ち上げます。日本は逆に、静電気が起きない竹の道具を使います。
また、金箔は透かすと青色に見えますが、青く見えるのは、金が赤色や黄色の光を反射し青色の光を通すからです。10000分の1ミリという薄さなのですが、ガラスに貼ったものを光にかざしてみると、その薄さと色の様子がよく見えました。
京都の堀金箔さんで購入した縁付箔は、打ち紙に手漉き和紙を使用ているので格子状の紗(しゃ)の目が金箔に現れるのだそうです。1 格子状の模様がうっすら入っているのが、透かすと良く見えます。
修復でも使う、ギルディング技法
エグロミゼ技法自体は、修復の技法ではありません。イギリスでギルディング技法を習う過程で、エグロミゼも習いました。ギルディングを使って私が修復に関わったものは、絵画の額縁や、建築装飾、アンティーク家具の装飾の一部や、鉄の柵の装飾などです。
去年の5、6月にロンドンに滞在した際、額縁の修復をしたのですが、欠損部分の成形をした後に、そこにウォーターギルディングという少量の動物膠を水に溶かしたもので金箔を押す技法を使用しました。
ヨーロッパにはウォーターギルディングの他に、オイルギルディングがあり、ギルディング用のオイルを使って金箔を貼る技法があります。そのオイルの硬化時間には種類があって、1時間、3時間そして12時間など、”乾く”時間がことなります。長ければ長いほどオイルが平に広がるので、金箔を平らに貼ることができ、光沢がでます。オイルギルディングは水で落ちないので、屋外の装飾部分にも使われたりします。技法的には、ウォーターギルディングの方が繊細さを要します。オイルギルディングは、オイルが粘性を持ち始めて、金箔を貼るタイミングを見計らう必要がありますが、貼りのこしたところを戻って貼りなおしても跡が残らないなど、やり直しがききます。日本では伝統的には、漆や膠で金箔を接着するそうです。
エグロミゼの工程
エグロミゼは、ゼラチンを水で少量溶いた水溶液でガラスに金箔を貼ります。ギルディングナイフを使って、ある程度扱いやすい大きさに切った金箔をひとつづつ貼っていくのですが、ゆっくりさと思い切りの良さが求められる不思議な作業です。というのも、水は金箔を素早く引き寄せるので、少しでも水に触れると金箔が引っ張られて破けます。なので金箔を置く場所を決めたら、そこに集中してゆっくり、でも迷わずブレずにそっと置くように貼ります。
結構たっぷりめの水を刷毛でガラスにつけますが、貼った時は金箔はマットな感じになります。それがだんだん乾いていくと、鏡のように自分が映るくらいの鏡面仕上げとなります。
ゼラチンで貼った金箔は、とても弱い力でガラスに接着してあるので、爪で引っ掻くと簡単に剥がれます。それを利用して、金箔を削って絵を描いていくわけです。
後編では、ワークショップでの制作のレポートをお伝えしたいと思います。
後編はこちら↓