松本市美術館ワークショップ「ものとの対話 保存修復のしごと」

10月27日に、松本市美術館の市民アトリエで、修復のワークショップを開催させていただきました!

「高校生講座」は、高校生を主な対象とした講座で、毎年いろいろな分野の方を招いて開催されています。今年は「修復」をテーマにとお声がけ頂きました。10月から開催されていた「金工の巨匠 香取秀真展」の会期に合わせ、鋳造と関わりのある“石膏”をテーマに、「ものとの対話 保存修復のしごと」というタイトルの修復ワークショップを実施しました。

市民アトリエはこの写真の右手
修復の話をしている様子

「コンサバター」という保存修復の仕事は、まだあまり知られていない職業です。ワークショップの始めには、保存修復とはどのような仕事なのか、どうしてコンサバターになったのか、実際どのように修復するのかなどを、写真を見ながらお話しました。

当日は修復作業で実際に使う道具や、修復の過程で作った材料、彩色のサンプルなども展示しました。修復の分野によって、かなり使用する道具や材料は違うのですが、私は石や石膏などの立体物の修復をすることが多く、メスや注射器、アクリル樹脂や、化学薬品なども使います。
作品の表面のクリーニングは、脱脂綿と竹串で手作りの綿棒を自分でつくりながら進めるのですが、汚れを落とす作業のデモンストレーションのあとに、みなさんにも実際にクリーニングを体験してもらいました。

修復のデモンストレーションテーブル
クリーニングの練習をしてみる

ワークショップが行われた場所は、プロジェクターを使ってお話もできるエリア(講座室)と、工作や作業ができるエリア(市民アトリエ)が隣り合うつくりになっています。仕切りで部屋を2つに分けられるそうなのですが、今回は全面を使わせていただき、お話をしたあとに隣のエリアで2つの修復体験をするという構成のワークショップにしました。

ワークショップでの作業風景

体験のパートでは、石膏のクリーニングと接着の体験をすることにしました。しかし、本物の作品を使用するわけにはいきません。石膏で対象物をつくることにしたのですが、ただ石膏を固めるだけではつまらないので、思いついたのがお菓子のような現代アート。ロリポップの型に石膏を流し込んで棒をつけ、茶色く塗ってみました。実際に、いろいろな素材を使ってお菓子のようなアート作品をつくるアーティストもいます。(例えばこちら

少し話がそれますが、本物のお菓子や食品を使った作品もあって、コンサバターは国際的に見ても、かなり変わった素材に対応することもあります。例えば、チョコレートで出来た収蔵品の修復をした海外の例では、接着剤をいろいろ試した結果、「チョコレートでチョコレートを修復する」という結論に達したのだとか。チョコレートの中に含まれる油分の性質によって、溶け方や固まり方が違うそうで、興味深い事例でした。

お皿にもりつけた石膏ロリポップチョコ

色はアクリル絵具と水彩絵具を使いました。それぞれにさらにコーティングがあるものとないもの、全部で4種類の石膏ロリポップチョコを用意しました。

A.石膏+アクリル絵具
B.石膏+水彩絵の具
C.石膏+アクリル絵具+コーティング
D.石膏+水彩絵の具+コーティング

水彩とアクリル絵の具で着色した表面を水でクリーニングした結果
左が水に溶かした水彩絵の具、右が乾いたアクリル絵の具を水にいれたもの

修復のクリーニングでは、「汚れを取る」ということと「作品や資料にダメージを与えない」ということが両立されなければいけません。

上の写真のように、水彩絵具の上の汚れを水で拭うと作品にダメージを与えてしまうので、クリーニングをする前には必ずクリーニングテストをします。立体物の場合は、背面や裏側、見えにくい部分でテストをします。みなさんにも、なるべくわからない場所を選んで水を使ってテストをしてもらいました。

ワークショップでのクリーニングの様子
実際の作品についていたペイントを除去している様子

すべての石膏チョコレートには、あらかじめ赤い水彩絵具をつけたのですが、水彩で塗られている作品の上に赤い水彩絵具がついている場合、それを水で落とすことは出来ません。では、どうするか?
「汚れは取らない」「赤い絵具の上に色を塗る」「すごく慎重に水で溶かしながら取る」「水を使わないで削る」いろいろな意見が出ました。

これは、まさにコンサバターが直面する問題とその問題解決と同じものです。汚れや付着物を取ろうとすると作品にダメージを与えてしまう場合、取らないという判断をしたり、目立つと鑑賞の妨げになるので後に除去できる材料で塗る、なるべく慎重に削っていくなどします。さらに言うと、その一歩手前で「その付着物は、取り除いて良いものなのか?」そこにある理由や意味、価値の有無などを考えたうえで、除去します。なぜならば、汚れや付着物は取ってしまったらもう元に戻らないからです。

そんなクリーニングの話の一環で、フェルメールの絵画の修復についてお話ししました。2022年に東京都美術館で開催されたフェルメール展ですが、修復が完了したフェルメールの初期の作品「窓辺で手紙を読む女」が公開されました。修復によって、壁の色に塗りつぶされ隠れていたキューピッドの画中画が姿を現したのですが、修復前と後ではだいぶ印象が違います。(*参照)この修復の決断には慎重な分析、科学的な論証の過程があったそうで、研究チームは一つ一つ検証を重ねて、「画中画を塗りつぶしたのはフェルメール本人ではない」という確証を得た上で絵具の除去を行いました。
どうしてこのようなステップを踏むのかというと、作者の意向や作品の本来の意味を尊重することが重要だからです。

ブラックライトのワークショップの様子
ブラックライトによって、付着した透明な接着材が蛍光している

後半の接着の体験に移る前に、石膏のロリポップをブラックライトでも見てみました。

ブラックライトは紫外線が出るライトですが、修復では過去の修復跡を見つけたり、汚れの除去の状況を確認、または素材の情報を得たりすることに使用します。紫外線を当てることによって、発光する接着剤や材料があるのですが、自然光では見えない違いを可視化します。今回の石膏ロリポップには透明なコーティングを施している部分もあり、青く発光します。このコーティングは耐水性なので、その下に水彩の汚れがあると、水でも落とすことは出来ません。

一部青い部分がコーティングのあるところ

石膏の接着体験では、私が実際に石膏原型の作品を修復する時に行った接着作業に近いことを、みなさんにも経験してもらいました。

石膏は石やブロンズに比べたらとても脆い素材で、水を良く吸収します。なので、接着剤の水分が多くてシャバシャバしていると、染み込んで接着力が弱くなってしまったり、かといって粘りがありすぎると、破断面に間が生まれてしまいピッタリつかず、上手くいきません。

みなさんに試してもらったのは、Plextol 500(プレクストル),Lascaux 498(ラスコー),木工用ボンドの3種類。最初の2つはアクリル系の接着剤で、修復でも使用します。みなさんがよく使う木工用ボンドですが、修復ではpH(ペーハー)が中性のボンドを使います。それぞれ純水(不純物の入っていない水)で50%程度に薄めたものを、まず石膏の欠片でテストして、一番効果があって使いやすい接着剤を選んでもらいました。

薄い石膏の破断面に接着剤を塗布
石膏を接着しようとしている様子

それぞれに選んでもらった接着剤で、本番の割れた石膏チョコレートを接着してもらいました。「つけー!」と念じている参加者さんがいたのですが、私も作品の接着をするときはそんな気分です。私は接着が一番緊張するのですが、実際の修復での立体物の接着は、治具やクランプをつかって、ものを固定する場合が多いです。なぜなら接着材の完全硬化には時間がかかり、動いてしまうとズレてしまったり、長時間ある一定の圧力をかけないといけない場合があるからです。

接着剤のテスト
割れた石膏ロリポップを接着している様子

今回は3種類の接着剤を用意したのですが、それぞれに強度や、弾性など特性が違います。それらはさらに、水で薄める割合で、石膏への浸透具合や接着力も変わってきます。そういった「材料を選択をする」というプロセスが伝えたかったので、参加者の皆さんには色々試して自分が良いと思った接着剤を”選ぶ”ということをしてもらいました。

接着剤実験中
接着剤を石膏に塗っている様子

石膏は割れるときに破断面の周辺がはつれるので、茶色い絵具層が剥げて、接着した後に白い石膏地の線が出てしまいます。それを丁寧に補彩(上から色を塗って目立たないようにすること)する方もいました。そして、これは予測していなかったのですが、欠けた部分を、石膏の破片を粉にして埋め直している方もいました。

はみ出ないように竹串の先で補彩
筆の先で補彩

方法に答えのない修復、前例のない事例などには、柔軟に解決方法を探るクリエイティビティが必要です。コンサベーションには「正解」という正解がありません。いろいろな素材や形態、さまざまなコンセプトのある作品は、それぞれに沿った方針で材料や方法を決定していかなければいけないので、毎回向き合う問題が新しくあります。

そんな新しい問題や問いに向き合いながら、作品や資料と対峙していく保存修復の仕事のひとかけらが、このワークショップを通じて伝わったらいいなと思います。

松本市美術館のみなさま、ご参加いただいたみなさま、どうもありがとうございました!

松本市美術館ワークショップ「ものとの対話 保存修復のしごと」
日時:2024年10月27日(日)
対象:中学生以上
場所:講座室・市民アトリエ
共催:松本学生美術会

松本市美術館  https://matsumoto-artmuse.jp

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